高知の街を歩いていると、ふと「近森謄写堂(ちかもりとうしゃどう)」という看板が目に留まるかもしれません。
初めてお会いする方に名刺をお渡しすると、かなりの確率で「……なんて読むんですか?」と聞かれます。あるいは「あぁ、写真屋さんですか?」と言われることも珍しくありません。確かに「写」という字が入っていますし、昔ながらの「写真館」のような響きがありますよね。
でも、実は私たちは「印刷屋」なんです。
高知の地で暖簾を掲げて、今年で73年。今日は、3代目である私、近森純一郎が、この少し古めかしくて読みづらい名前に込めた想い、そして私たちがこれからどこへ向かおうとしているのかを、少しだけお話しさせてください。
材料販売から始まった、表現者を支える「黒子」としての原点
「謄写堂」という名前の由来は、その名の通り「謄写版(とうしゃばん)」にあります。年配の方なら「ガリ版」と言ったほうがピンとくるかもしれません。
私たちの創業期、初代は自ら筆を握る職人というよりも、ガリ版印刷に必要なヤスリ板や原紙、インク、そして鉄筆といった「材料」を販売する商いをしていました。まだコピー機なんて便利なものがなかった時代。学校のテスト用紙も、役所の広報誌も、地域の小さなお知らせも、すべてはガリ版によって刷られていました。
鉄筆で一文字ずつロウ原紙を刻むときの、あの「ガリガリ」という独特の音。創業者は、その音の先にいる「何かを伝えたい」と願う人々へ、最高の道具を届けることで高知の表現文化を支えてきました。自分たちが主役になるのではなく、表現したい誰かの想いを形にするための「黒子」であること。それが、創業時から私たちが受け継いできたDNAです。
なぜ、今どき「謄写堂」という名前を守り続けるのか
時代は流れ、印刷技術は驚くべき進化を遂げました。ガリ版はオフセット印刷へ、そしてデジタル印刷へと姿を変え、今やパソコン一台で誰でも綺麗な印刷物が作れる時代です。
正直に言いましょう。私自身、「もっと分かりやすい名前に変えたほうがいいんじゃないか」と考えたこともあります。「近森印刷」とか、あるいは「近森クリエイティブ」なんて横文字の名前にすれば、もっと今っぽくて親しみやすいかもしれません。
それでも、私はこの名前を変えませんでした。
それは、「謄写」という言葉に、私たちが大切にすべき精神が詰まっているからです。お客様の想いを汲み取り、それを鮮明に、かつ誠実に形にして世に送り出す。この「写し取る」という行為の本質は、手法がガリ版からデジタルに変わっても、決して変わるものではありません。
「古い名前やね」と笑われることもありますが、その古さこそが、高知の皆さんと歩んできた73年の証です。不器用かもしれませんが、この名前に誇りを持って、私は3代目として暖簾を守っていきたい。そう決めているんです。
「印刷屋」の枠を超えた、グラフィックサービス業としての挑戦
もちろん、名前は守り続けますが、中身はどんどんアップデートしています。
今の私たちは、自分たちの仕事を単なる「印刷屋」だとは思っていません。私たちが目指しているのは、お客様のあらゆる困りごとを解決する「グラフィックサービス業」です。
お客様が相談に来られるとき、本当に欲しいのは「チラシ」そのものではないはずです。「もっとお客さんに来てほしい」「この商品の魅力を伝えたい」「イベントを成功させたい」。そんな切実な願いが、その裏側には必ずあります。
だとしたら、解決策は必ずしも「紙」である必要はありません。
時にはWebサイトがいいかもしれない。SNSでの発信かもしれない。あるいは、看板やノベルティ、はたまた「そもそも何を伝えるべきか」というブランディングの整理から始めるべきかもしれません。
「近森さんに相談したら、印刷以外のことも一緒に考えてくれた」
そう言っていただけることが、私にとって最高の褒め言葉です。老舗としての安心感はそのままに、3代目らしい柔軟な感性で、今の時代に最適な「表現」を提案する。それが、私が考える今の近森謄写堂の姿です。
高知の皆さんの「表現の相談所」でありたい
私たちは、大きな印刷工場ではありません。でも、だからこそできることがあります。
「こんなこと、どこに相談したらいいか分からない」
「予算は少ないけれど、デザインにこだわりたい」
「自分の想いを言葉にするのが苦手だ」
そんなときは、ぜひ近森謄写堂の扉を叩いてみてください。私たちはただ注文を受けるだけでなく、あなたの隣に座って、一緒に「どうすれば一番伝わるか」を考えるパートナーでありたいと思っています。
お茶を飲みに行くような感覚で、気軽にお話しを聞かせてください。難しい専門用語は使いません。73年前、創業者がガリ版の道具を通じて誰かの表現を支えたように、私もまた、あなたの想いを大切に受け止め、今の時代に合った最高の形でお届けします。
「謄写堂」という名前は少し読みづらいかもしれませんが、一度覚えていただければ幸いです。高知の街の「表現の相談所」として、これからも皆さんの挑戦を支え続けていきます。